7年目

東日本大震災から7年が過ぎました。

震災、及びその後の混乱の中で亡くなられた方々の
ご冥福をお祈りいたします。

行方不明の方々が早くご家族の元へ帰ることができますように。
そして未だ落ち着かない生活を送られている方々が
その方自身の日常を取り戻せますように。

また当時から今に至るまで多くの援助やお心を寄せてくださった国内外の皆様に
厚く御礼申し上げます。


7年は個人によって長かったり短かったり、
またあの日から時が止まったままの方もいます。
目に見える復興は進んでも心の復興は
完全に成されるものではないのかもしれません。

まだまだ人材や資材不足で、自治体によっては職員が不足していて
思うように復興が進ま無い地域もあります。
給付金が打ち切られたり、猶予されていた借用金の返済が始まって
経済的に苦しくなっている現状もあります。
決して年数が経ったから良くなっているとは限りません。
更に福島県については他の被災地とは違った苦しみを抱いたままです。

おそらく全国的には被災地のニュースは減っていることでしょう。
けれどもわずかなニュースをお心に止めていただければと思います。


今朝、庭の梅が咲きました。
梅・開花 梅・開花2

伝える

今日は地元中学校の卒業式でした。

今回卒業する子たちは震災の時、小学校2年生だったのか、
あの日を、あの時を覚えている最後の世代のなるのかな・・などと
考えているうちに、日常の中でも子供たちの年齢を
「あの時幾つだったか」を基準にしているいることに気が付きました。

いずれ震災を知らない年代が増えてきます。
その子たち地震の際にどう身を守るのか、
揺れの後に気を付けることは何か
ライフラインが無くなった時にどう生活していくのかを
伝えていかなくてはなりません。

孫のちいにも、もちろん娘夫婦がしっかり教えるでしょうけれども
私からも彼女の年齢に合わせた話し方で伝えていかなくては、と思っています。


おのくん

仙石線が復活してから行ってみたいと思っていた陸前小野駅。
陸前小野駅

こちらの東松島市・小野駅前応急仮設住宅集会所で作られている
「おのくん」に会いに行きました。
集会所

「おのくん」は震災後、東松島の復活を願って作られたャラクター。
本名は姓が「めんどくしぇ」、名前が「おのくん」。
元々は支援者の方が教えてくれた
「アメリカの貧しい労働者階級のお母さんが子供にプレゼントするために
お父さんの靴下を改良したソックスモンキー」だそうです。
震災後の厳しい生活の中でこのキャラクターの可愛らしさに惚れ込んだお母さんたちが
ひとつひとつ手作りしています。
1体千円で、この集会所で販売している他、全国発送もしています。

詳しくは<こちら

集会所に伺うと先に一組のご夫婦がいらしていて
おのくんを3体選んでいるところでした。
「今日こちらに来られてよかったです」と話されてお帰りになりました。

集会所では二人のお母さんがおのくんを製作中。
全国から寄せられたであろう靴下が束ねておいてあります。
私も家にあるサイズが小さくなってしまった男の子たちの靴下を
持ってくればよかったな、と後悔。
様々な柄や色があるおのくんの中から私が選んだのはこちらの2体。
おのくん

靴下についている滑り止めも上手に柄に取り入れています。
滑り止めも模様に

おのくん以外にもおのくんの絵本や付箋、缶バッチも販売していました。
東松島はブルーインパルスの訓練基地もあるので、そちらの絵柄の缶バッチも。

集会所前のベンチも・・
ベンチも

ゴミ入れもおのくん(笑)
ゴミ箱も

集会所はプレハブですし、周囲にはまだ仮設の住宅も残っていましたが
一戸建ての公営住宅(たぶん)の整然と並んでいて
東松島では住宅の整備も進んできたようです。

なお現在もおのくん制作のための靴下とワタの支援を求めています。

<おのくんのHPより>
おのくんのエサ(材料)となる
靴下と綿の支援を求めています!
《靴下》
新品の靴下をお願いしております。
赤ちゃんのものから大人のものまでOKです。
五本指ソックスなどもOKです。
スニカーソックスや薄い靴下やメッシュは使えません。
 
《わた》
おのくんの弾力のあるからだ、手足を作るのに、
「ダイソーの綿」が最適です。
送り先
〒981-0301 
宮城県東松島市牛網字駅前 2-33-1 
東松島市小野駅前応急仮設住宅集会場 
電話 : 0225-98-8821

小学校卒業式

今日は県内の多くの小学校で卒業式が行われました。
昼前から少し風が強くなりましたが晴天。
気温も高めで良い卒業式日和でした。

今年の小学校の卒業生は震災の直後に入学した児童たち。
学校によってはずっと間借りした校舎や仮設の校舎で過ごし
最近になってようやく新校舎に移った児童たちもいました。
まだ小学校の校庭に仮設住宅が建っている学校もあります。
そんな万全とは言えない環境の中で学んだ子供たちは
震災直後の様子を後世に語ることができる最後の年代かもしれません。
どうか彼らの未来が明るいものでありますように。
卒業おめでとうございます。

六年目

朝起きてカーテンを開けたらまさかの雪景色。
さらっと積もっただけですが、予想していなかったのでびっくりしました。
そんな雪も日が昇ると同時に溶けてしまいました。

今日は東日本大震災から丸6年。

改めて亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
そして今でも避難生活を送られている方々に一日でも早く日常が戻りますように。
また全国から、更に世界中からいただいた支援に感謝いたします。

この日が近づくに従ってTVや新聞で様々な特集が組まれ
震災からの復興の様子や、
未だに残る課題についての報告や検証がありました。
復興に向けて一定の方向性が見えたところもありますし
道半ばの地区もあります。
特に福島に関しては先が見えない地区が多くあります。
国は「復興五輪」を謳うのであれば
せめて五輪までには一定の道筋を示してくれるのでしょうか?

現在、私の生活の範囲では震災による不自由はありません。
それでも街道を「沿岸復興工事」の印を付けたダンプが走りますし
近所のスーパーの送迎バスは仮設住宅前を順路として通ります。
仙台の街道沿いに出来た復興住宅は坂の上にあって
高齢者は買い物が大変だと思います。

各市町村で公営復興住宅の整備が進み
仙石線は全線復旧、常磐線も少しずつ復旧し、商店街が新設されて・・
目に見える復興も進んでいます。

それでもまだ、目には見えないところに不自由が残っていると感じています。

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へい

Author:へい
近頃とみに記憶力が落ちてきた
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