二年と九ヶ月

震災後の生活で一番苦労したのは水だったかな、などと思い返していました。

暖房は石油ストーブを使用、電気は14日の夜に復活。
最後まで復旧しなかったのが水道とガス。
ガスはお風呂がわかせなかったのがつらかったけれど
電気ケトルでお湯を沸かし、レンジでホットタオルを作って
なんとか乗り切りました。
料理は電気のホットプレートや御釜で。

でも水はねー。
買い置きの2ℓペットボトルの水が8本あったけれど
毎日中学校に来てくれる給水車まで取りに行きました。
綺麗なこの水は料理用に。
トイレ用にはお風呂の残り湯に震災直後に水を足して貯めた物を使用。
これで約一ヶ月、もたせました。
毎晩湯たんぽを作って、朝、これを洗顔や食器洗いや洗濯に。
洗濯も大きいものは諦めて、下着を手洗いして脱水だけ洗濯機で。
お風呂は我慢しても髪は洗いたいので、ヤカンで沸かしたお湯に水を足して
洗面器三杯で洗髪。使った泡だらけのお湯も貯めておいてトイレ用に。
状況が落ち着いてから、ご近所の奥さんたちとどれだけ少ないお湯で髪を洗ったかを
話しあったりして・・。
食器はサランラップを敷いて使うけど、洗う時はまず少量の水を入れて
汚れを浮かせてスポンジでこすり、貯めた水をくぐらせ、
ウェットティッシュで拭きあげました。
あ、ジャガイモやごぼうの泥を洗い落とすのに
水がもったいないなぁと思ったのを思い出しました。
暑い季節だったら飲料水に苦労したかもしれませんね。

毎日台所で洗い物をするたびに、食器を拭いて過ごした日々を思い出し
節水を心がけなければ、と思います。

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Great! TOHOKU!

そんな状況の中でも、
無事を伝えてくれたへいさん。
大変ですが、なんとか大丈夫、
マイペースでやってますって。

今、状況を詳しくお聞きする度に
へいさんのすごさに愕然…

震災直後、三陸産若布の買い置きと
宮城米を大切に食べて、
その空袋を捨てられなかった…
このお米作ってくれた方は?と
捨てられなかったんです。

今、スーパーで宮城県産が
普通に並んでいるのを見て、
東北の方々の立ち直りの凄まじさを
感じます。

福島の有機栽培のキュウリが、
うちの夏の贅沢だったんですが、
それだけは並ばなくて…
子供と、何であんな事故がと話し合ったり
やっぱり、東京のための電力だったので
東京の人間であることを恥じたり…

確かに震災後、大変な思いをしたのですが、
東北の方々のご苦労を聞くと、
恥ずかしくなります。
東京オリンピックも…
へいさん他の日に書かれてましたが
私もすごく違和感でした…なんで東京?
かと言って、東京人の私がどう批判できるのか?
何かお役に立てるのか…?

宿題を抱えて困っている子供の状態です。
自分にできる事、少しずつでもしていきたい…
仙台、行きます。この目に事実を。

そして、現実のへいさんにも
もう一目お会いしたいな…

NoTitle

☆マヤさん
私も被災県には住んでいますが、
壊滅的な被害は目にしていませんし
身一つしか残らなかった体験もしていません。
そんな私ですから本当につらい思いをされている方々の気持ちとは
大きな開きがあると思います。
被災地の近くにいながらボランティアをすることも無く
わずかな寄付だけでお茶を濁しているのが実態です。
それでも、まだ震災は終わっていないということを伝えたく
毎月11日には当時を振り返った内容を書かせてもらっています。

電源を失い情報がラジオしか無く、何が起こっているのか分からず
外に出れば道路を行く自衛隊の車両と沿岸部から立ち上る黒煙。
何かが変わってしまった事が伝わってくるあの静かな空気感は
今でも思い出すと鳥肌が立ちます。

わずかな事しか発信できませんが、私も自分に出来ることをコツコツと
重ねていきたいと思っています。

そしていつかまたお会いしましょうね。
プロフィール

へい

Author:へい
近頃とみに記憶力が落ちてきた
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