20年

阪神淡路大震災から20年のこの日を迎えました。

あらためてこの災害で亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
残された家族・友人の方々が少しでも穏やかな日々を過ごせますように。

従兄弟が神戸に住んでいますので、あの日はずっとラジオの安否情報を聞いていました。
ラジオから流れてくる安否の尋ね人の住所は東灘区・須磨区・長田区が多く、
従兄弟が住む北区からはほとんどありません。
では神戸市と言っても北区は被害が少ないのかしら?
逆に被害が大きすぎて情報が流れてこないのかも?等々、心配しましたが、
夜になって従兄から仙台の叔母のところに無事の連絡が入り
叔母から親戚中に従兄の無事が伝えられました。

それまでは関東大震災の教訓から、地震の後は火災に注意、とされていましたが
この地震からは、それに加えて、余りに大きな災害の時は
警察や消防は呼んでもすぐに駆けつけることはできないので
自助・共助が大切な事を学びました。
また最低3日間分の食料品の備蓄が必要であると知りました。
ボランティアの活躍が目覚ましかったのもここからでしたし、
仮設住宅や復興住宅に入った後に、それまでのコミュニティーが無くなって
孤立する人の存在が知られるようにもなりました。

これらの教訓が東日本大震災で生かされか?というと難しいです。
個人的にも準備していたのは50%くらいでしたので
実際に体験しないと身に染みては分からないのだな、と情けなく思ったものでした。

考えて見ると既に歴史の一つとして捉えていた関東大震災でさえ
発生からまだ百年も経っていないのですよね。
阪神淡路大震災で何が起こり、人々がどう対応し、何を教訓として学んだのか。
あらためて振り返る日としたいと思います。



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